宇宙には、零(ゼロ)というひとつの数しか存在しない。

私たちについて

夏祭りの土佐絵金の赤と緑と青に魅かれた。
泥絵具で描かれた芝居絵は、海から来る怨霊をも恐れさせた。
 
 
幕末、土佐藩から城下を追放された絵師「金蔵」は、生活のために屏風絵を描いた。
お盆に海から上がってくる怨霊が、民家の軒先で蝋燭に照らし出されたその芝居絵を見て、
あまりの恐ろしさに何もせず、祟らずに帰っていくと信じられていたと言う。
 
そんな色彩感覚を、銅板にガラス粉を焼付ける七宝と彫金で表現しようとした作家がいる。
現代絵金、ジグソー七宝とでも呼ぶ、色褪せぬガラス光沢の七宝世界がそこに広がる。
 

鍛金(たんきん)から七宝へ 

 心象イメージをリアルな色と形に
 
 刻印
 
平たい銅板を叩いて、鍋や壺を作るような作業を鍛金と呼ぶ。
銅板をガスバーナーで真っ赤に焼き冷まし、金鎚でカシンカシンと絞っていく。
平面が立体に変わる様は、実に楽しい。
しかし大問題がある。それは木槌や金鎚の音である。
 
鍛金家には金属との恋話のような心地良い音なのだが、周りの者にとっては騒音。
防音壁を張った作業場か、山中の工房でなければ、なかなか難しいのである。
 
そこで、鍛金から彫金と七宝に転身。これなら街中でも作業ができる。
素材は銅板なので変わらない。昔から銅や銀の壺の加飾に七宝が利用されてきた。
紀元前、エジプトのツタンカーメン少年王の黄金のマスクにも七宝は使われている。
心象イメージを、画家が絵筆を使うように、七宝作家は釉薬を電気炉で焼き付ける。

 

七宝の技法もさまざま。
しかし、美しいだけではつまらない。
 
 天山龍脈

 

日本では、正倉院御物の「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡」に七宝が使用されている。
時代とともに、メタル七宝や象眼七宝、有線七宝など様々な技術が編み出された。
ジュエリーとして胸元を飾る美しいペンダントやブローチもある。
 
そして、工芸から現代工芸美術へと、使用の目的だけに限らず、
作品制作者の個性や創作力を楽しむのも、新しい鑑賞法と言えるだろう。
 
 迦楼羅転生
 
美術館が巨大化して、展示作品も他と競うように大きくなってきた。
しかし、七宝には、その素材や技法には、最適と考えられる大きさがある。
無闇に巨大化させて、内容の空虚なものになってはならない。